Tom Pettyへのトリビュート

原文=英語版: https://misfitkid.at.webry.info/201808/article_1.html

「チクショー、大成功だった40周年ツアーの締めくくりに(クソったれ) Hollywood Bowlで3日連続公演、それから一週間後にくたばっちまうなんて、そりゃあんまりじゃねえか!!」

しかし、運命の定めだったのか、そんな風に彼は逝ってしまったのだ。まだ66歳... あと二週間で67になるところだった。70にさえなっていなかったというのに!よりによって、彼がさっさとこの世を去ってしまうなんて、何かが間違っているとしか思えなかった。その一方で、「大がかりなものとしてはこれが最後」と彼自身が認めていたツアーを(その真っ最中に死んでしまったりもせず)きっちりと終わらせたあたりには、いかにも彼らしいプロ意識とでもいうのか、ヘンに感心してしまった。(コンサートの途中にステージで倒れたりしていたら、「ロックンローラーにふさわしい死に様」などとバカな連中が騒いだかもしれないけど。)

それから三ヶ月後、自分は久しぶりに米国に戻っていた。到着直後、スーパーマーケットのレジにあった「Rolling Stone」誌のTom Petty特集号を手に入れた。ある日の夜、ひとりホテルの部屋でテレビのニュースを見ていた時だった。彼の死因が、「オピオイドを含む複数の薬物を誤って過剰摂取したこと」と正式に発表された。合法的に処方された鎮静剤のせいで、またしても伝説的ミュージシャンの命が奪われてしまったのだ。Michael Jackson。Prince。そして、今度はTom Petty("TP")。「...そんなことだろうとは思ってたけどさ」とつぶやきつつも、なんとも悲しかった。そんな風に旅立ってしまわなくても良かったのに。

自分がTom Petty and the Heartbreakers ("TP&HB")の存在を知ったのは1978年頃、(当時日本で最もポピュラーだった音楽誌)MUSIC LIFEのグラビアがきっかけとなった。今でもハッキリと覚えているが、やや流行遅れ気味の(=パンクっぽくない)ブロンドの長い髪がミステリアスな雰囲気を醸し出していたTPの白黒ポートレートだ。ちょうど同じ頃に、このバンドが"I Need to Know"を演奏している映像もテレビでも見かけた。フックの効いたサビが印象的で、確かに興味を抱いたのではあるが、すぐに近所のレコード店に駆け込んでシングルを買う、というまでには至らなかった。なにしろ70年代終わりの音楽シーンには、あまりにも多くのエキサイティングな新顔がひっきりなしに登場し続けていたのだから。まして、当時の自分は中学生、レコード購入資金も限られていた。ということで、自分がまさしくそのような行動を取ることとなるのは、1980年の初めであった...

"Don’t Do Me Like That" / "Casa Dega" [シングル -- 1979年リリース]
TP&HBにすっかり心を奪われてしまったのは、このシングルがチャート入りした時だった。文句のつけどころのない楽曲 -- とてつもなくキャッチーで、パンチが効いてて、的を得ている、といったところか。ギターソロさえなかったし(!)、ミドルエイト直後のドラムの必殺ブレイクだけでもやられてしまいそうだった。やや重苦しく、独得の雰囲気を漂わせたB面もA面と同じくらい気に入ってしまった。このシングルを手に入れた時点でアルバムも買わなきゃ、と確信することとなったのである...

"Here Comes My Girl" [アルバムDAMN THE TORPEDOES収録 -- 1979年リリース]
...そして、これがノックアウトの一撃。個人的なお気に入りのTP&HBの曲をひとつだけ選ばなければならないとしたら、これだろう。(TPの特徴的な南部訛りをフィーチャーした)語りのヴァースから、見事なまでに光り輝くようなコーラスへと切り替わるあたり、最高に素晴らしかった!この魔法のような一曲の虜となった直後から、自分が最も尊敬する最高にクールなロック・ドラマーたちの(人数がひたすら増え続けていく)リストにStan Lynchの名を書き加えなければならなかった。まずは楽曲への貢献を最優先し、その曲にふさわしいフィーリングをもって(聴き手を欺きかねない)シンプルなドラミングに徹することを芸術の域へと高めてみせたのが、自分にとってはStanだったのである。モチロン、こうした姿勢はStanだけに当てはまるものではなかった -- 何よりも先に素晴らしい楽曲が生み出され、アレンジは美しく構成され、バンドのメンバー全員が決して自分の腕前をひけらかすような真似もせずに見事な演奏を聴かせていたのだ。Benmont Tenchが、この一曲の中でキーボードのパートを少しずつ組み立てていく手法(コーラス部分で彼のピアノが一気に世界を花開かせてしまうあたりは言うまでもない)にも大いに感動した。(目を閉じれば、夢に描いたような美女がどこからともなく姿を現す光景が想像できるだろう!)Ron Blairのメロディックなベースラインも、あの絶妙なグルーヴ感を生み出すのに不可欠だった。彼らのミュージシャンとしての才能や演奏技術を正しく理解できるようになるまでには、まだ数年の時間を要したとはいえ、このバンドがユニークなサウンドを持っていること、そして全員がひとつになって演奏することで、すべてを巧みにブレンドさせ、見事なまでのグループ・パフォーマンスを生み出していくやり方をしっかりと理解しているのは、こうした初期段階で本能的に分かった。バンドをやっている者なら、誰だってこんなサウンドを響かせたいと願うものだろう!なんとまぁ、高いレベルのスタンダードを打ち立ててくれたものだ。

DAMN THE TORPEDOESは、家族全員で東京を離れ、テキサス州へと引っ越す間際に購入した最後のレコードの一枚となった。いざ米国に到着してみると、TP&HBが最も人気急上昇中のロックバンドとなっていたのを発見し、それこそ椅子から滑り落ちそうになってしまった。「な~んだ、そうと知ってたら、LP買わなくても良かったかもなぁ...どっちにしろラジオでひっきりなしにかかってるんだし!!」と思ったくらいだ。オマケにTPは女の子たちに大人気だったのだ!(少なくとも自分の目には、彼が典型的なセックスシンボルとは映らなかったのだけど...!)

"Stop Draggin' My Heart Around" [Stevie Nicksとの共作シングル -- 1981年リリース]
言わずと知れた1981年夏の大ヒット曲で、自分も気に入ってたけれど、じゃあなぜ正真正銘TP&HBのシングルとしてリリースされなかったんだろう、と思わずにいられなかった。(正直に言ってしまうと、当時はStevieの声が苦手だった、というのもある。)それでも、(1995年のボックスセットPLAYBACK でリリースされた)デモ・ヴァージョンを聴いた後では、これをデュエットにしたJimmy Iovineの判断が正しかったと納得できた。この曲でもStanの演奏が光り輝いている。

(...ところで、"You Can Still Change Your Mind"は、アルバムHARD PROMISESのラストを飾る隠れた名曲なのだが、ここでもStevieのハーモニー・ヴォーカルがフィーチャーされていたりする。)

"Straight Into Darkness" [アルバムLONG AFTER DARK収録 -- 1982年リリース]
悲しいことに、TP&HBのライヴをナマで見ることができた最初で最後の機会は、1986年3月の武道館 -- いつだって予測不可能なBob Dylanとの(True Confessions Tourと銘打たれた)ジョイントツアーだった。それまでDylanのライヴを見たこともなかったし、かなりエキサイティングな二本立てだった。そして、TP&HBもお客の期待にどう応えるべきか、ちゃんとわきまえていた。彼らとステージを共にしたDylanは、その風貌といい、歌声といい、実に居心地が良さそうだったし、お互いに対する尊敬の念は明らかだった。(必ずしもUncle Bobbyの音楽に興味があった訳でもなさそうな)TPファンもそれなりに武道館に集まっていて、彼らにとっては大変残念なことにTP&HBとして演奏したのはたったの4曲のみ。その中でもさほど知名度が高くなかった"Straight Into Darkness"こそが、個人的なハイライトとなったのは間違いない。この曲の中間部で武道館を埋め尽くした観客を見渡しながらステージを闊歩していたTPの勇姿は、自分の記憶に永遠に刻み込まれることとなったのだ。

"Dogs on the Run" [アルバムSOUTHERN ACCENTS収録 – 1985年リリース]
アルバム SOUTHERN ACCENTSを完成させるまでの日々がTP&HBにとってどれほど長く辛いものだったかは、これまでに色々と語られてきているが、リリース時点での個人的な感想は、なんとなく散漫というか、困惑させられるものだった。片方ではDave Stewartと共作したハチャメチャなヒット・シングル("Don't Come Around Here No More")、もう一方では表題曲はじめ、最終曲"The Best of Everything"のような荘厳で美しいバラードが同居しているこのレコードを果たしてどのように解釈すべきなのか、すっかり戸惑ってしまったのである。そのうち(TP自身が捨て曲扱いにしてしまう "Make It Better (Forget About Me)"も含め)風変りな味わいのあるこのアルバムにすっかり慣れ親しみ、惚れ込んでいくのだが、特に"Dogs on the Run"には、こちらの気分をスカっと爽快にしてくれる何かがある。それが、Mike Campbellのギターリフなのか、それともホーン・セクションの響きなのかも分からない -- ただ、アルバム収録曲の中では数少ないストレートなロック・チューンだし、美しく晴れ渡った日にノリノリで聴くにはもってこいのトラックなのだ。

"Southern Accents" / Rebels" [アルバムPACK UP THE PLANTATION: LIVE! 収録 -- 1985年リリース]
(多くの物事が現在とはあまりにも異なっていた)1980年代初頭のテキサス州で高校時代を過ごした者としては、南北戦争や奴隷制の象徴でもある南部連合国旗を巡る昨今の騒動には触れないでおこう。とはいえ、そうした論争がこの素晴らしいコンサート映像の(DVD/ブルーレイ形式による)再リリースを妨げている主な理由のひとつであるとするなら、本当に残念としか言いようがない。特に(当時の最新作からの最も強力な2曲をフィーチャーした)このひとコマは、ショーにおける最も印象深いシーンと言えるし、素晴らしいホーン・セクションがバンドのサウンドに新たな色合いを添えているのも最高だと思う。(TPがホーンを引き連れてツアーすると決めたのを快く思わなかったメンバーもバンド内には居たらしいが。)このライヴで聴ける"Rebels"はスタジオ録音よりもはるかにエキサイティングだし、自分だってあの会場に居たら、きっと他の観客と一緒に大喜びでコーラスを歌っていただろう。

"My Life Your World" [アルバムLET ME UP (I’VE HAD ENOUGH) 収録 -- 1987年リリース]
多くの筋金入りTP&HBファンと同様に、自分も LET ME UP (I'VE HAD ENOUGH) が傑作アルバムだとずっと信じてきた。確かに穴埋めとしか思えない曲も含まれてはいたが、あえて言わせてもらうなら、彼らの「穴埋め曲」でさえも80年代後半のラジオでかかっていた平凡なポップソングなんぞと比べたら、ずっとまともに聴けた。そういうことなのだよ。この曲でもMike Campbellの卓越したギターワークが披露されているが、 THE LIVE ANTHOLOGYに収録されたライヴ録音にじっくりと耳を傾けてみれば、完璧なピッチでハモりながら素晴らしいベースを聴かせてくれる故Howie Epsteinこそが真のスターだったと気が付くかもしれない。Howieよ、どれほど多くのファンが君の不在を嘆いていることか。

"Yer So Bad" [アルバムFULL MOON FEVER収録 -- 1989年リリース]
Lennon-McCartneyという作詞作曲チームに対する史上最高のトリビュートのひとつ -- 少なくとも自分はそう考えている。この曲を聴くたびにどうしてもニヤけずにいられないのだ。Lennonがこの気の利いた小曲にどんな反応を示しただろう、と考えるだけでも楽しかったりして!

"Mary Jane's Last Dance" [アルバムGREATEST HITS収録 -- 1993年リリース]
本当のことを言ってしまうと、80年代の終わりから90年代の初めにかけてTPがJeff Lynneと組んで作った一連のアルバムには、個人的にそれほどのめり込めなかった。いや、"Free Fallin'" や "Learning to Fly"といったTP屈指の名曲を否定するなんて正気の沙汰とは思えないだろうが、1993年までにはそうした時期も過ぎ、TPがRick Rubinとスタジオ入りしていると知ってかなりホっとしたものだ... ましてや"Mary Jane"ほどの強力な楽曲が"Greatest Hits"のパッケージではお約束とされているボーナストラック扱いでくっついていたのだから。(ちなみにそのベスト盤は、2015年時点で1,200万枚もの売上記録が全米レコード協会[RIAA]により認定されていたりする!)個人的には、1994年「MTV Video Music Awards」におけるこの曲のライヴ演奏が一番気に入っている。YouTubeで検索すれば、すぐ見つかるだろう。Stanがまだドラムを叩いていたTP&HBとしての最後のライヴ・パフォーマンスのひとつだったに違いない。彼の後任としてTP&HBを20年以上(!)も支え続けてくれたSteve Ferroneに対して悪気は一切ないのだが、少なくとも自分にとってはStanの居ないTP&HBは決して同じバンドではなくなってしまった。

"Crawling Back to You" [アルバムWILDFLOWERS収録 --1994年リリース]
1994年の晩秋、忘れがたき2ヶ月間をアフリカで過ごした旅の帰りにパリに立ち寄り、大手チェーン店の「fnac」で"WILDFLOWERS"を買ったのを覚えている。試聴コーナーでCD冒頭のタイトル曲を耳にした瞬間、これぞTPの最高傑作だと確信したものだ。(...その時点ではStanがもはや Heartbreakerではなくなっていた事実など知る由もなかった...)とにかく素晴らしい楽曲が盛り沢山の名盤なのだが、2016年にRolling Stone誌の "Reader's Poll: The 10 Best Tom Petty Deep Cuts(=TPの隠れた名曲トップ10)"というアンケートで、"Crawling Back to You"が見事 1位に輝いた時には、「ああ、やっぱり自分の耳は確かだったな」という気持ちになったものだ。

"Climb That Hill" [アルバムSongs and Music from "SHE'S THE ONE"収録 -- 1996年リリース]
TP&HB版、AC/DCとの遭遇 – 大音量で聴くべし!

"Swingin'" [アルバムECHO収録 -- 1999年リリース]
個人的に選ぶTP&HBの名曲3位以内に必ずランク入りするのがこれ。彼ほどの語り手が残した膨大なソングブックの中でも、最も「映画的」な楽曲のひとつに違いない。(この曲のミュージックビデオも悪くはないけど、どうせなら目を閉じて聴くことに集中し、自分だけのイメージを心の中に描いていたい。)あのギターのイントロ、そしてドラムのフィルを合図にバンド全員が飛び込んでくる様子を耳にしただけで、なんとも説明し難いほど感情を揺さぶられてしまう -- そんな曲はほんの僅かだ。自分でもどうしてそんな風になってしまうのか分からない -- 決して悲しい曲ではないのに、ほぼ10回のうち9回、あのコーラスを聴いてるだけで胸が一杯になってしまう。ギターの太くて美しい響きはもとより、Benmontが奏でるピアノも、遠くから響いてくるようなHowieの歌声も、たまらなく大好きだ。TPとバンドの連中がほぼアドリブというかたちで一気にスタジオで書き上げてしまった、という逸話にも驚かされたが、自分がこの曲にすっかり惚れ込んでしまった理由もそのあたりから説明できるかもしれない。TP&HBがひとつのチームとしてこのように素晴らしく不思議な力を持っていたということ、それこそが(少なくとも自分にとっては)すべてだったのだ。今となっては、ECHOというアルバムのレコーディングをバンドにとってきわめて陰鬱で困難な時期に行わなければならなかった経緯をほとんどのファンが知っているし、そうした暗黒の日々からTPが徐々に抜け出せた一方で、哀れなHowieが生還することはなかった。「She went down swingin'」(⇒ 訳注:「go down」というフレーズひとつにしても解釈は様々だし、「ゆらゆらしながら落ちていった」などと訳せるものではない)と歌われる女の子の姿は、ゆっくりと崩壊していったHowieの悲しく苦痛に満ちた思い出と永遠に絡み合ったままだが、そうだとしてもこの音楽にはどことなく高揚感をもたらすものがあるし、私たちがTP&HBをこれほど長い間、ここまで深く愛し続けてきた理由もそこにあるのだろう。

"This One's for Me" [アルバムECHO収録 -- 1999年リリース]
ソングライターとしてのTPの才能がいかに非凡だったか、という決定的証拠がここにもある。このような曲をいとも簡単に書き上げたと思われがちだが、あくまでもそのように見せていた(聴かせていた)だけに違いない。表面的にはキャッチーなメロディーラインを持った明るいポップチューンのように聴こえたとしても(...12弦ギターのソロがあればまさしく効果抜群だ)、歌詞にそっと耳を澄ませてみれば、当時のTPが個人的にどれほど辛い状況にあったか、それなりにつかめてくるだろう。「And you don't even know what you've got 'til it's walking away / Yeah, you don't even know what you had 'til it laughs in your face(自分に何があるのか、それが立ち去ってしまうまで分かりもしない、自分が何を手にしていたか、面と向かって笑い飛ばされるまで知るすべもない)」 -- って、かなり痛烈なフレーズだ。ECHOに収録された素晴らしい楽曲の多くが孤独感や悲しみに彩られているから、元気を出したい時に真っ先に手に取るレコードの一枚とはならないかもしれないが、それでも自分にとってはTP&HBの作品でお気に入りの一枚だったし、これからもずっとそうあり続けるだろう。  

"Like A Diamond" [アルバムTHE LAST DJ収録 -- 2002年リリース]
何度も同じことばかりくどくど言うことになるのは承知の上で、TPがどれほど多くの美しいメロディを書いてきたかという事実を指摘せずにはいられない。見過ごされてしまったような印象が残るアルバムの一枚、THE LAST DJでは、"Dreamville"とともにこの曲が傑出していた。リリース当時、いかに音楽業界がグルになってTPを冷たくあしらったかを覚えている。なぜなら、連中だってちゃんと分かっていたのだ -- TPの主張こそが正しいのであって、間違っているのは自分たちだと。陳腐に聞こえるかもしれないが、TP&HBは本当にファンのことを大切に思っていたし、より多くの金を稼ぐことを決して最優先事項とはしなかった。で、このLPに話を戻すと、最近になって(それこそ何年ぶりだろうという感じで)聴き直してみた -- そして大いに感銘を受けずにいられなかった。あの業界でずっと生き残ってきた代償なのだろうか、TPの才能が当たり前のように受けとめられてきたようにも思えるのだ。

...その後も新作がリリースされる度に購入し続けたけれど、THE LAST DJ以降は、TP&HBへの個人的な熱意が徐々に失われてしまった。決して彼らのせいではなかった -- 信じられないほど高いレベルの品質基準を、とてつもなく長い期間にわたって維持してみせたのだから。ライヴ・パフォーマンスにしても、否定的なレビュー記事など一度さえも読んだ覚えがない。むしろ、自分自身が年齢を重ねてきたせいなのだろう。「TP&HBを聴きたい気分だな」と思った時、必然的に初期の作品(=「古き良きビンテージもの」)に惹かれてしまうのだ。Dylan、Bowie、Neil Young、Lou Reed等も含めて、ほとんどのアーティストにも当てはまるので、決して特別なことではないのだが...

"Hungry No More" [アルバムMUDCRUTCH 2収録 -- 2016年リリース]
MUDCRUTCHとして2008年にリリースした一枚目のアルバムは実に嬉しいサプライズとなったが、二枚目はそれ以上に良かった(...そのこと自体が注目に値する偉業だっただろう)。その中でも"Hungry No More" と "Beautiful Blue" の出来栄えは傑出していたし、まさかあの時点では「お別れのプレゼント」などとは誰も思ったりしなかっただろうが、TPが逝ってしまった後にはまったく同じように耳を傾けることができなくなってしまった。かつてのバンド仲間たちとよりを戻すことで、TPはその音楽の旅を(文字通り)ぐるりと一巡りしてみせたのだ。きっと将来的には数多くの没後リリースが控えているだろうし、長年にわたってヒットさせてきた曲の数を考えれば、TPが残したレガシー(遺産)が受け継がれないのでは、などと余計な心配をする必要もない。それでも、このMUDCRUTCH 2のアルバムを聴いてしまうと、TPの中にはまだ溢れんばかりの音楽が残っていて、私たちに言いたいこともまだまだたくさんあったのは明らかなのだ。彼の早過ぎた死を信じられないほど悲しく思わせる理由は、まさしくそこにある。せめてもう少し長く一緒に居て欲しかった、と願わずにいられない。

...どうやらこの偉大なる人物への長ったらしくてとりとめのないトリビュートもようやく終着点に達しつつあるようだ。ここ2~3年のうちに数多くのアイコン的なミュージシャンがこの世を去ってしまったし、そうした不可避の現実とも折り合いをつけてきたとはいえ、TPの死は(それがまったく予期しなかったものだけに)かなり心乱されるケースとなった。昨年10月以降、彼のアルバムをすべて聴き直してきたが、そこには一枚として「駄作」と呼べるものがなかった。40年もの長きにわたって音楽業界で生き延び、クソみたいなレコードをまったくリリースしなかったアーティストなんて、他に名前を挙げられるだろうか?Mr. Thomas Earl Petty、貴殿に敬意を表します。その魂が安らかに眠らんことを...でも、どうかあの世でもROKIN’ AROUNDするのはストップしないでいただきたい!!

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